AkaneBooks 本を読むための机
第二巻

ノンフィクションを読む

事実に取材した本には五つの型があります。型が見えると、その本がどこまで裏を取っているのかが分かり、信用の置き方を決められるようになります。

ジャンル手帖・二〇二六年八月更新・読み終えるまで約十一分

机に広げられた取材ノートと、付箋の貼られた分厚い記録文学の単行本。巻末の参考文献の頁が開かれている
巻末の参考文献一覧。ノンフィクションを買うかどうかを決めるとき、本文より先に見るべき数ページです。

短い答え

ノンフィクションを買う前に見るのは、本文ではなく巻末です。参考文献の一覧、註、取材期間の記載。この三つが揃っている本は、検証されることを前提に書かれています。

五つの型

ノンフィクションという言葉は広すぎて、そのままでは棚の役に立ちません。実際に手に取ってみると、日本語で書かれた記録の本はだいたい次の五つに分かれます。型が分かれば、その本に何を期待してよいかも決まります。

記録の五つの型
中心にあるもの 書き手の立ち位置 読者が得るもの
評伝 ひとりの人物の生涯 外側から、距離を保つ 人物を通して時代が見える
ルポルタージュ いま起きている現場 現場に入り、自分も登場する 数字にならない事実
記録文学 過去の出来事の再構成 資料を積み、感情を抑える 出来事の全体像
紀行 移動そのもの 主観をむしろ前に出す その場所の空気と、書き手の変化
聞き書き 語られた言葉 できるだけ引っ込む その人の言葉づかいごと残る記録

この五つは混ざります。優れた記録文学はしばしば評伝の顔を持ち、良い紀行には聞き書きが挟まります。それでも中心にある型がどれかは、読み始めて三十ページで分かります。

信用してよい本の見分け方

ノンフィクションは、面白さと正確さが必ずしも一致しません。だから読者の側に、多少の判断の道具が要ります。以下は書店で立ち読みするときに、二分で確かめられることだけを並べたものです。

  • 巻末に参考文献の一覧があるか。あるだけで信用が上がるわけではありませんが、ない本は検証される想定で書かれていません。
  • 註がついているか。本文中の数字や証言に出典が付されているかどうか。読み飛ばして構いませんが、あるかないかは見ておく価値があります。
  • 取材の期間と方法が書かれているか。いつ、誰に、何回会ったのか。書ける書き手は必ず書きます。
  • 書き手が判断を保留している箇所があるか。分からなかったことを分からないと書いてある本は、書けたことの信用も上がります。
  • 初出が明記されているか。雑誌連載をまとめた本なら、いつ発表されたものかで前提が変わります。
  • 文庫版あとがきがあるか。刊行後に何が起きたかが書かれていれば、その本は生きたまま更新されています。

逆に、印象的な場面が続くのに出典がひとつも示されていない本は、読み物として楽しむにとどめるのが安全です。面白くないという意味ではありません。使い方を間違えないという意味です。

日本のノンフィクションの背骨

読み慣れるための最短経路は、評価の定まった本から入ることです。事実の新しさは失われていても、取材の方法と書き方は古びません。

  • 石牟礼道子『苦海浄土 わが水俣病』一九六九年。水俣で起きたことを、患者の語りを軸に書いた本です。記録でありながら文学の強度を持っていて、五つの型のうち三つにまたがります。日本の戦後ノンフィクションで、いちばん多くの書き手に影響を与えた一冊でしょう。
  • 宮本常一『忘れられた日本人』一九六〇年。民俗学者が全国を歩いて集めた聞き書きです。名もない人が自分の言葉で語った記録がどれほどの情報量を持つか、この一冊で分かります。
  • 吉村昭『戦艦武蔵』一九六六年。徹底して資料に当たり、感情を排して書かれた記録文学の典型です。抑えた文体が逆に効いてくる仕組みを、ここで確かめられます。
  • 沢木耕太郎『テロルの決算』一九七八年。大宅壮一ノンフィクション賞を受けた評伝です。二人の人物を交互に追い、交わる一点へ向かって進む構成そのものが読みどころになっています。
  • 柳田国男『遠野物語』一九一〇年。聞き書きの原型です。短い断章の積み重ねで、どこから読んでも構いません。日本語で記録を残すという行為の出発点にあたります。

五冊のうち一冊だけ選ぶなら

『苦海浄土』です。ただし重い本なので、疲れているときには開かないでください。同じ書棚から軽いものを選ぶなら、まず紀行から入るほうが確実です。

紀行という抜け道

ノンフィクションが重いと感じる人には、紀行が効きます。移動そのものが構造を作ってくれるので、読み手は次の町へ進むだけで前に進めます。

  • 沢木耕太郎『深夜特急』一九八六年から一九九二年。香港からロンドンまで乗合バスで行く旅の記録です。若い時期に読むと旅に出たくなり、年を取ってから読むと、書き手が何を書かなかったかが見えてきます。
  • 開高健『オーパ!』一九七八年。アマゾンでの釣りの記録。食べる、釣る、酔う、書く。日本語の文章がここまで肉体的になれるのかという見本です。
  • 星野道夫『旅をする木』一九九五年。アラスカで暮らした写真家の文章です。事実を書いているのに、読後に残るのは時間の感覚のほうという珍しい本。
  • 高野秀行『謎の独立国家ソマリランド』二〇一三年。現代の紀行で、危険な土地の話なのに終始おかしい。取材の方法が本文にそのまま書かれているので、ノンフィクションの作り方の教科書にもなります。

紀行は第四巻の随筆と地続きです。どこまでが取材でどこからが感想かという線引きが書き手ごとに違い、その差がそのまま個性になります。線の引き方の話は第四巻でも扱いました。

賞から入る

読む本を探す実際的な方法として、賞の受賞作を辿るのは有効です。日本のノンフィクションには主に三つの賞があります。

  • 大宅壮一ノンフィクション賞。一九七〇年の創設。この分野でもっとも知られた賞で、受賞作を古い順に読んでいくと、日本の戦後がそのまま追えます。
  • 講談社ノンフィクション賞。単行本を対象にした賞で、社会性の強い作品が並びます。
  • 開高健ノンフィクション賞。公募の新人賞にあたり、まだ名前を知らない書き手に出会えます。

賞は入口であって序列ではありません。受賞作から入って、その書き手の他の本へ進むのが、いちばん外れの少ない使い方です。

文庫版あとがきを読む

ノンフィクションに限っては、文庫のほうが単行本より価値が高いことがあります。文庫化のときに、刊行後の経過を書いたあとがきが加えられることがあるからです。

事件や社会問題を扱った本では、この数ページが本体と同じくらい重要になります。裁判の結末、制度の変更、取材相手のその後。単行本の時点では書けなかったことが、ここに入ります。書店で二つの版が並んでいたら、文庫の目次と巻末を先に確かめてください。版と刷の見方は初版第一刷の見分け方に、判型の話は本の言葉にまとめてあります。

よくある質問

ノンフィクションの内容が本当かどうか、どう確かめればいいですか

巻末を先に見てください。参考文献の一覧があるか、註がついているか、取材の期間と方法が書かれているか。この三つが揃っている本は、検証されることを前提に書かれています。逆に、印象的な場面が多いのに出典が一つも示されていない本は、読み物として楽しむにとどめるのが安全です。読者にできる確認はここまでですが、ここまでで十分に効きます。

ノンフィクションは単行本と文庫のどちらで読むべきですか

文庫のほうが得なことが多い分野です。文庫化のときに、その後の経過を書いた文庫版あとがきが加わることがあるからです。事件や社会問題を扱った本では、この数ページが本体と同じくらい価値を持ちます。急がない一冊なら、文庫まで待つ判断は合理的です。

古いノンフィクションを読む意味はありますか

あります。事実の新しさは失われますが、取材の方法と書き方は古びません。むしろ、結末を知ったうえで読むと、書き手がどこで判断を保留したかがよく見えます。ノンフィクションを読み慣れるには、評価の定まった古い本のほうが向いています。

重いテーマの本が続くと疲れます

紀行を挟んでください。移動が構造を作ってくれるので、読み手の負担が小さく、それでいてノンフィクションを読む筋力は落ちません。事件や社会問題の本と紀行を交互に読む配分が、いちばん長く続きます。

ルポと記録文学は何が違うのですか

書き手が本文に登場するかどうかが、いちばん分かりやすい違いです。ルポルタージュでは書き手が現場に入り、見た者として文中に現れます。記録文学では書き手はほとんど姿を消し、資料と証言の積み重ねで出来事を組み立てます。どちらが優れているという話ではなく、扱う対象が現在か過去かで自然に決まります。

02

三つの入り方

いきなり重い本を選ぶと続きません。関心の方向に合わせて、次の三案のどれかから入ってください。

  • 人から入る。評伝を一冊。ひとりの人生を追うだけで、その人が生きた時代の制度と空気が入ってきます。概説書を何冊も読むより速いことがあります。
  • 場所から入る。紀行を一冊。移動が読者を運んでくれるので、読書の筋力が落ちている時期でも進めます。読み終えるころには、ノンフィクションの文体に慣れています。
  • 出来事から入る。記録文学を一冊。ただし、自分が結末を知っている出来事を選んでください。知っている結末に向かって資料が積み上がっていく感覚が、この型の面白さです。